「来年も鰻重が食べられる」
ワシントン条約締約国会議での「規制案否決」のニュースを見て、そう胸を撫で下ろした方も多いのではないでしょうか。しかし、その安心は砂上の楼閣かもしれません。
実は、今回の否決は「日本の資源管理が認められた」という勝利宣言ではなく、単なる「問題の先送り」に過ぎないという見方が専門家の間では支配的です。ニュースのヘッドラインだけでは見えてこない、国際的な「ウナギ・ロンダリング」の実態。
この記事では、感情論を排し、データに基づいてその構造的なリスクを解き明かします。そして、私たちがこれからもこの食文化を守り、胸を張って楽しむために取るべき「賢い選択」について解説します。
なぜEUは「ニホンウナギ」まで規制しようとしたのか?
まず、多くの日本人が抱く「なぜ日本ばかり目の敵にされるのか?」という疑問を解消しましょう。EUが今回、ニホンウナギを含むウナギ属全種の規制(附属書IIへの掲載)を提案した背景には、彼らなりの切実な論理が存在します。
それは、「自国の絶滅危惧種を守るため」です。
ヨーロッパウナギは、すでにワシントン条約で国際取引が厳しく規制されています。しかし、現実にはヨーロッパからアジアへの密輸が後を絶ちません。なぜなら、シラスウナギ(稚魚)の段階では、専門家であっても外見で種を判別することが極めて困難だからです。
この「見分けがつかない」という性質が悪用され、密漁されたヨーロッパウナギが、規制のない「ニホンウナギ」や「異種」と偽って取引されるケースが横行しています。EU側の視点に立てば、「すべてのウナギを規制しなければ、抜け穴(ロンダリング)を防げない」という結論に至るのは、ある種論理的な帰結なのです。
データが暴く「ウナギ・ロンダリング」の闇
では、その「抜け穴」はどれほど深刻なのでしょうか。ここからは、少し衝撃的なデータを見ていきます。
日本の養殖池に入れられるシラスウナギの量(池入れ量)と、正規のルートで採捕・輸入された量を比較すると、そこには大きな乖離が存在します。年によっては、国内で養殖されているウナギの約半数が、出所不明なシラスウナギに由来しているのです。
【結論】: 私たちが普段口にしているうなぎの「2匹に1匹」は、密漁や無報告取引(IUU漁業)に関与しているリスクがあることを認識すべきです。
検索トレンドを分析すると、「うなぎ 規制」というキーワードの背後には「食べられなくなる不安」が強く表れています。しかし、真に不安視すべきは「供給量」ではなく、「不透明な管理体制への国際的な不信感」です。この「出所不明」の多くは、香港などを経由する不透明なルート(いわゆる香港ルート)で輸入されており、ここで種の偽装や産地ロンダリングが行われていると強く疑われています。この構造を放置したままでは、いずれ国際社会から「日本は違法取引の温床」と断定され、強制的な取引停止措置を取られるリスクが高まっています。

「規制案否決」という結果だけで安心することが、いかに危険かお分かりいただけるでしょう。問題の根幹である「不透明な流通」は、何一つ解決していないのです。
「食べない」ではなく「正しく選ぶ」:ビジネスパーソンの新常識
「では、もううなぎは食べない方がいいのか?」
責任感の強い方ほど、そう考えるかもしれません。しかし、消費者が一斉に離れれば、真面目に資源管理に取り組んでいる生産者まで共倒れになり、かえって食文化の衰退を招きます。
必要なのは「ボイコット」ではなく「バイコット(Buycott)」、つまり応援消費です。
現在、一部の先進的な養殖業者や飲食店では、QRコードなどで「いつ、どこで採れ、誰が育てたか」を完全に追跡できる「トレーサビリティ(履歴管理)」の導入が進んでいます。これからのビジネスパーソンに求められるのは、価格の安さではなく、この「透明性」を基準に店を選ぶというスタイルです。
一般的なウナギとサステナブルなウナギの比較
| 比較項目 | 一般的なウナギ(出所不明) | サステナブルなウナギ(トレーサビリティ有) |
|---|---|---|
| 価格 | 比較的安価 | やや高価(管理コスト含む) |
| 透明性 | 低い(「国産」表記でも稚魚の出所は不明な場合が多い) | 高い(採捕地から食卓まで追跡可能) |
| 社会的リスク | 密漁・密輸(反社会的勢力の資金源)への加担リスク | クリーンな消費(資源管理への貢献) |
| 心理的満足 | 罪悪感や不安が残る | 「食文化を守った」という納得感と誇り |
完全養殖技術も進歩していますが、商業ベースで広く普及するにはまだコストの壁があります。現時点での最適解は、透明性の高い天然資源利用を支援することです。
よくある疑問
結局、うなぎの値段は上がるのでしょうか?
短期的には横ばいかもしれませんが、長期的には上昇トレンドが続くでしょう。規制強化に伴う管理コストの増加や、資源保護のための漁獲制限は避けられないからです。しかし、それは「適正価格」への回帰とも言えます。
完全養殖が実用化されれば、すべて解決するのでは?
技術的には成功していますが、大量生産して安価に提供できるまでには、まだ時間がかかります。また、完全養殖が普及しても、天然シラスウナギの密漁問題が自動的に消えるわけではありません。やはり流通の透明化は必須です。
まとめ
今回の「規制案否決」は、私たちに与えられた「執行猶予」に過ぎません。
- EUの提案は、密輸ロンダリングを防ぐための論理的な動きだった。
- 日本市場には、依然として出所不明なウナギが大量に流通している。
- 私たちにできる最大の貢献は、「トレーサビリティ」の確かな店を選ぶこと。
私たちが店を選ぶ行為は、その背後にある流通システムへの「投票」と同じです。安さの裏にある不正に目をつぶるのか、それとも適正な対価を払って未来を守るのか。
次回の土用の丑の日、あるいはビジネスでの会食の際、ぜひ「このうなぎは、どこから来たのですか?」と問いかけてみてください。その一言が、業界を変える大きな力になります。
- ワシントン条約によるウナギ貿易規制提案に関する解説 – 中央大学 海部研究室
- そのウナギ、本当に食べても大丈夫? – WWFジャパン



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